2021年1月18日

【政治史2】二つの中国とアコーディオン戦争

1945年に日本が敗戦してから、まわりの国はどうしていたのでしょうか?

物語であれば悪の大日本帝国が滅んだ時点でハッピーエンドをむかえるのですが、現実は世知辛かったみたいです。

おとなりの中国大陸では、ふたつの勢力が大陸の覇権をめぐって壮絶な内戦を行っていました。

 

 

3日で3万人が殲滅された国共内戦

ひとつは外敵の日本軍と戦ってきた歴戦の蒋介石率いる国民党の中華民国。

もうひとつは天才戦略家、毛沢東の率いる共産主義を掲げた共産党。

 

戦いは日本軍と国民党が戦っている間に山の中に潜んで戦力を温存していた共産党の優勢に進みました。

毛沢東は太平洋戦争で日本が負けたとなるや、日本軍の引き上げの始まった満州をいち早く占領、日本の残した重化学工業地帯を接収して地盤を固め、アメリカが国民党を助けないように手を回し、ソ連からは同じ共産主義ということで武器の供与も受け、万全の体制で蒋介石の国民党に猛攻撃を仕掛けました。

日本との戦争とそのあとの内戦で消耗しきった国民党はほとんど戦いにもならずに圧倒されて、台湾に逃げ落ちました。

 

この大成功した毛沢東の戦略は「夷(外敵)をもって夷(外敵)を制す」というもので、その鮮やかな手腕は現在の中国政府の外交戦略にも大きな影響を与えています。

 

逃げた蒋介石は台湾に中華民国政府を置きますが、中国本土をおさめた共産党が1949年に中華人民共和国を建国すると、だんだん国際社会から退場していきます。

このことが現在の台湾の複雑な立ち位置の始まりです。

 

その頃朝鮮半島では

血みどろの内戦から中華人民共和国が爆誕するより1年前の1948年8月15日に、アメリカの支援を受けて大韓民国が建国されました。

それからすぐの9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が建国。

そして1950年にソ連と中国の支援を受けた北朝鮮が朝鮮半島の統一のために韓国に進軍を開始、韓国は思いっきり油断していてあっという間に9割の国土を取られてしまいます。

その後、これはやばいとアメリカが国連軍を組織して韓国側で参戦し反撃を開始、勢いあまって逆に9割の国土を奪い返してしまいます。

そのあと「これほっとくと逆に俺らの国までとられちゃうじゃん!!」と中華人民共和国を建国したばかりの毛沢東が焦って大軍を引き連れて介入し、また現代の国境線のあたりまで押し返し、そこで拮抗状態になりました。

この戦争を『朝鮮戦争』と言います。

1年間で戦線が端から端まで往復したことから、別名『アコーディオン戦争』とも呼ばれます。

戦争が始まって終わるまでに多くの人が不幸になりましたが、始まる前と後で国境線は変わリませんでした。

 

またこのときにたくさんの難民が朝鮮半島から海を渡って日本に逃げてきました。

日本はというと、危ないことになりそうなことはたくさんありましたが、戦争に介入したアメリカ軍から車両などの大量の注文を受けて好景気になりました。

 

 

まとめ

・第二次世界大戦が終わっても世界は平和になっていませんでした。

・ナチスドイツと大日本帝国のあとに出てきたのは『共産主義』

・日本の周りに中華人民共和国、朝鮮民主主義共和国『共産主義』国家続けて誕生し、朝鮮半島でアメリカを代

表とする『自由主義』勢力と激突。一進一退の攻防のあと、朝鮮半島が二つの国に分かれた。

 

太平洋戦争に負けてアメリカをはじめとする戦勝国の作ったGHQという組織に占領されていた日本は、この『共産主義』と『自由主義』の戦いにどう反応したのか。

次回は周辺国の戦争を利用して占領から抜け出そうとする日本についての記事になります。

 

近現代史シリーズ